6.4Km 2025-12-09
ソウル特別市ソデムン区ヨンセロ50-1
THE FIRST & THE BEST
セブランス病院は1885年、大韓民国初の西洋式病院である広恵院(済衆院)として始まり、140余年の歴史を基に大韓民国の医療界をリードしてきました。
癌病院、心臓血管病院、子供病院、リハビリ病院、眼科病院、歯科病院の計6つの専門病院を運営し、各専門病院間の有機的な関係構築を通じて質の高い医療サービスを提供しています。
2023年には、世界で初めてロボット手術4万件を達成し、国内初の重粒子線治療を導入して癌治療の新しいパラダイムを提示しました。
最先端の診療と患者中心の医療サービスを提供するセブランス病院は、国内の医療機関として初めてJCI(国際医療機関評価)認証を取得し、14年連続でNCSI(国家顧客満足度調査)病院医療サービス業部門で1位を達成しました。
6.4Km 2025-11-21
ソウル特別市ソデムン区ヨンセロ50-1
セブランス病院歯科病院は、1915年11月、Dr. William J. Scheifleyがセブランス連合医学専門学校内に韓国初の歯科学教室を設置し、西洋の歯科医学を本格的に導入して以来、100年以上にわたって韓国最初かつ最高の歯科診療機関としての役割を果たし続けてきました。特に、セブランス病院歯科病院は最高の医療スタッフ、最先端設備、各科の有機的かつ体系的な連携システムをもとに口腔顎顔面疾患の治療と予防はもちろん、患者の幸せを守り続けている韓国最高の歯科病院です。
6.4Km 2025-06-30
ソウル特別市ソンドン区ソンス洞1ガ685-700
「日常がアートになる美術館」というキャッチフレーズで大衆に開かれたDミュージアム。2021年にソウルの森の近くに移転し、より広い場所でより多くの人を迎えるために展示を準備しています。『ニック・ナイト写真展』(2015)や『リンダ・マッカートニー写真展』(2014)といった有名な写真展はもちろん、若手アーティストや注目されているアーティストを招待してテーマ展示を開くなど、ミュージアムの大衆化に積極的に取り組んでいます。最近、ソウルの森の近くに移転して開館特別展『とにかく、愛:Romantic Days』を1980~90年代生まれのアーティストの作品が1ヶ所で見られるテーマ展示として開き、多くの注目を集めました。
6.5Km 2022-11-10
ソウル特別市カンブッ区4.19ロ8ギル17
三角山(北漢山)の麓にある国立4.19墓地は李承晩政権打倒を叫び1960年4月19日に起きた4.19革命(民主化運動)の際、犠牲となった224人の合同墳墓です。犠牲となった人々をたたえる記念塔が建てられ、記念塔の中央には志半ばで犠牲となった人々をたたえる碑文がきざまれています。
135,901平方メートルの墓地敷地内は松やイブキ、イチイやカエデなど緑豊かで、記念館や犠牲者の遺影を祀る遺影奉安所などがあります。その他、象徴門、民主の根、正義の火花なのど彫刻作品や蓮池があり、歩道ブロックをきれいに敷詰めた散策路や野外ベンチなどもあります。桜が咲く春、公園から臨む三角山はあたたかさと華やかさを同時に感じることができ、夕陽が沈む光景も素晴らしい場所です。
6.5Km 2021-05-20
ソウル特別市 龍山区 漢南洞
雩祀壇(ウサダン)キルは韓国的な情緒と異国的な雰囲気が感じられる通りです。 雩祀壇通りを歩くとパキスタン、トルコ、エジプト、レバノン、インドなどの各国料理店やアラビア語が書かれた看板をよく見かけたり、ヒジャブやターバンを身に着けた人々が行き交うなど異国の雰囲気が色濃く見受けられますが、その一方で、古くなった家屋や路地がひしめき合う住宅街もあり、韓国的な雰囲気もいまだなお残っているエリアです。 2010年代初めから若手アーティストや若手事業家らがこの雩祀壇キルで商売や創作活動をし始め、個性あふれる空間に生まれ変わりました。
6.5Km 2025-06-30
ソウル特別市ヨンサン区ポグァンロ109-1
梨泰院(イテウォン)アンティーク家具通りは、1990年代後半から形成された家具通りです。アジアはもちろんヨーロッパや米州など多様な地域の古家具を扱うショップが集まっており、活発に取引されています。ソファや椅子、テーブルなどのアンティーク家具販売店が1キロメートルに及び建ち並んでします。家具の他にも、ヴィンテージ雑貨、アクセサリー、衣料品などを販売する店舗があり、異国情緒あふれる有名なショッピングスポットでもあります。
6.5Km 2024-10-28
ソウル特別市ソンドン区トゥクソムロ273
ソウルの森は1908年に設置されたソウル初の上水源の水源地であり、2005年にトゥクソム体育公園一帯を大規模な都市の森にするために新たに開園しました。現在は文化芸術公園、体験学習院、生態の森、湿地生態院の4つの特色ある空間で構成されており、漢江と接したさまざまな文化余暇空間を提供しています。
6.5Km 2025-10-29
ソウル特別市ソデムン区チュンガロ10
6.5Km 2024-09-04
キョンギ道コヤン市トギャン区ソデムンギル375
北漢山城(プクハンサンソン)は百済が河南慰礼城に都邑を移した際、都を守る北方の山城として、百済時代の蓋婁王5(132)年に築城しました。この時、百済の主力軍がこの山城で高句麗の南進勢力を防ぎました。
しかし長寿王63(475)年に強大な高句麗軍が北漢山城を7日間に渡り攻撃し熾烈な攻防戦の末、城が陥落、同時に百済の都も占領され、百済の王・蓋鹵王が高句麗軍に囚われの身となりその後殺されました。
この戦により百済は公州(コンジュ)・熊津城(ウンジンソン)へと遷都し、その後百済と新羅は手を結び、高句麗の南進政策を連合して戦線を張り、防ぎました。
真興王12(553)年、新羅は百済の領土であった漢城地域(現在のソウル)を新羅の領土に編入しました。
真平王25(603)年8月には高句麗の将軍・高勝(コ・スン)が新羅が主となった北漢山城を包囲・攻撃を開始、これに対し新羅の真平王は1万人の兵力を従え援軍を送り戦いました。
その後も武烈王8(661)年5月には高句麗の将軍・悩音信(ヌェウムシン)が中国東北部・沿海州にいた民族・靺鞨(マルカル)の将軍・生偕(センヘ)とともに北漢山城を20日間に渡り包囲・攻撃し熾烈な攻防戦を繰り広げました。
この時、北漢山城の城主であった冬陀川(トンタチョン)は城内にいた住民2,800人とともに決死の決戦を敢行し、山城を守りました。
主な文化財
1) 北漢山真興王巡狩碑址(史跡)
2) 磨崖如来坐像(宝物)
3) 磨崖如来立像(宝物)
4) 太古寺円証国師塔碑(宝物)
5) 太古寺円証国師塔(宝物)
6) 蕩春台城(地方文化財)
7) 燕山君墓(史跡)